乗り鉄を趣味として数年経過し、国内のJRと私鉄はほぼ完乗した。残る路線は片手の指くらいの本数である。次は二周目をゆっくり回ろうと思っていたら、棚からぼた餅が落ちてきた。なんとホノルル無料宿泊のお誘いがあったのである。ということで、2023年6月開通のホノルル高速鉄道「スカイライン」に乗ってみた。
自動車中心の社会に、なんでいまさら鉄道が新設されたのというかというと、交通渋滞を緩和させるためである。自宅近くの駅にクルマを駐め(PARK)して、そこから電車に乗る(RIDE)という「PARK & RIDE」方式が20世紀の終わり頃から全米各地で計画や運用が始まっているのである。さて、ハワイのオアフ島に限定して考えても片道で最大6車線あるH1というハイウエイがあるが、朝夕の通勤時は渋滞を避けられない。そこでまずは、人口の少ない(用地買収が簡単な)場所から路線を引くということで、工事に着手していて、現在の営業路線は計画の西半分である。そして、完成すると空港を通って、アラモアナセンターが終点になる。
なお、ほとんどの日本人はホノルル国際空港に到着すると、ワイキキを目指して東に向かう。そして、到着したワイキキから西に向かう時は、帰国のために飛行場を目指すかアラモアナへ買い物に行くくらいなものである。つまり、空港から西にはあまり興味をひく観光地はないのである。蛇足だが、空港から数分の場所に真珠湾国立記念公園があって、大東亜戦争を振り返ることができる。残念なことに日本人の観光客は殆どいない。
まず、この電車に乗るための切符は、HOLO CARDと呼ばれるタッチ式のICカードで、私はホノルルのあちこちにあるABC STOREの一店舗で、翌日の一日乗車券(権?)込みで9.50USDで購入した。この券はバスとも共通なので便利である。また、当然ながら駅でも購入できるが、全ての駅に駅員がおらず、つまり切符販売の窓口はなく自動券売機しかないことを書き残しておく。余談であるが、ネット経由で通信販売もやっているので、試しに日本から発注したら暫く経って米国外へは販売できないというメールが届いた。送料無料と書いてあるからおかしいとは思ったのであるけど。
まず、今回は営業中路線の東の端にある「HALAWA Aloha Stadium」の駅へレンタカーで向かった。路線図では青と赤色の路線の接合点である。青い路線17.3km、片道21分が開通している線であり、赤色の線は2025年に開通予定である。因みに17.3kmはJR中央線で東京駅から阿佐ヶ谷駅まで、阪急京都線では梅田駅から茨木市駅までの距離である。
590台も収容できる巨大な無料駐車場のはるか向こうに高架線の駅が見える。高架線を走る電車は、屋根の上にパンタグラフを持たずに東京の地下鉄丸ノ内線や銀座線と同じく、線路のすぐ横に設置したレールから電気を取る第三軌条方式を採用している。遠くから眺めるとパンタグラフ用の電線(架線)とその支柱が見えないので、高速道路のようにすっきりと見える。
なお、始発のこの駅は隣接の五万人収容のスタジアム利用客数を考慮して意外にも改札口の数が多い。戸惑うのは日本のSuicaやICOCAカードの反応速度と比べてちょっと遅いことと、透明なアクリル板が左右にスライドして開くドアがついていることである。
また脱線するが、東京の国立市にあった当時の国鉄の研究所で自動改札機の開発報告書を読んだことがある。日本の改札機のドアは非常に低い位置に設置されている。あの低い位置にしたのは妊婦の腹を叩かないようにする配慮だそうである。容易に飛び越えられるドアの高さであるが、当然ながら無賃乗車防止率を落としても妊婦の事故をゼロにしようと考えたのである。
翻って、ハワイの自動改札機のドアに挟まれたらどうなるのかなあと思ったが、わざと挟まる実験は避けておいた。
この新設鉄道で驚くのは、全ての駅で売店はおろかトイレもないということである。前述したが駅員もいない。そして電車そのものも自動運転であるので全て無人ということである。但し、試しに三つの駅で降りてみたところセキュリティーのためなのかどの駅でも見回りの係員と遭遇した。またかなりの密度で監視カメラが備わっていて犯罪を抑止しているのであろうことが推察された。
エスカレータまたはエレベータを利用して高架のプラットホームに行き列車案内電光掲示板を観ると発車時刻の代わりに、「あと何分」という待機時間を表示してくれている。発想の違いであるが、合理的である。日本では発車(到着)時刻を眺めてから、自分の腕時計やスマホで現在時刻を確認して頭の中で引き算をしているのである。(発車時刻表示もある)
ついでながらエレベータは片側に寄って立ち、急ぐ人を横に通すというのは危険であるというのはだんだんと日本の常識になりつつあるが、この路線の安全の説明板には、「Stand right & pass left」とある。つまり、右に寄って左側に急ぐ人を通せというのである。東京や名古屋ではエレベータの左側に立つので、これを書いた担当者は日本の関西出身に違いない。
車輌は4両編成で、日本の新幹線と同じ標準軌と呼ばれる線路幅を採用しながら、電圧は750Vである。一部の例外を除いてJRの電車を動かす直流1500Vだから、その半分になる。パワーは電圧の二乗に比例するので、電圧が半分ということはパワーは四分の一ということになる。電気機関車が長大な貨物列車を引っ張ることは想定外なのである。今後の乗客数を予測してもそんなに電車のパワーは必要ないと考えているのだ。因みに日本の路面電車は殆どが600Vで動いている。
自動改札口、自動券売機、自動運転、第三軌条方式、トイレがないなど運用コストを抑えるあらゆる対策が打たれていることに感銘を受けるが、現在の始発駅であるHALAWA駅を除いて、すべての駅がほとんど同じ構造で作られていることも初期コストとしての設計費用の低減を目指しているのだと気が付いた。米国は標準化の国であることを今更ながら思い出した。
2023年3月から、東急電鉄の目黒線、池上線、多摩川線、東横線でワンマン運転が始まった。ホームドアの設置や、運転席に駅のホームのモニタ画面を追加、車内セキュリティカメラの設置などで、安全対策は施されているが、全国で乗り鉄をしているとローカル線のワンマン運転は普通である。そして、今回のホノルル高速鉄道を完乗してみて、日本の鉄道の次のステップは自動運転なのだなあと想像するのである。
蛇足であるが、2017年営業開始の東京の舎人ライナー、1983年営業開始した神奈川の横浜シーサイドラインは最初から無人運転である。さらに蛇足であるが、2019年に横浜シーサイドラインは逆走して衝突事故を起こしている。事故と経験の積み重ねで技術は進歩していくのである。